観覧車物語

誰でも幾つか、理由は分からないけど、何故か偏愛してしまうものがあると思いますが、私にとって、観覧車は、ペンギンやアウトサイダーアートなどと並んで偏愛してしまうものの一つです。


しかし、私は元々観覧車が特に好きだったわけでもなく、子供の頃遊園地で乗って以来、長い間全然乗ろうとは思っていませんでした。それが妙に観覧車が気になりはじめたのは、辺見庸の傑作ルポルタージュ『もの食う人々』(角川文庫)を読んでからです。この本で辺見庸は、世界中を旅し、ご当地の色々な食べ物を食べ歩いていたのですが、彼は大の観覧車好きということで、この本の中でも観覧車が何度も出てきます。

バングラディシュの木製の赤い小さな人力観覧車、チェルノブイリ原発近くの街にある止まったまま動かない観覧車も印象的ですが、何と言っても彼が一章丸々ウィーンの観覧車について綴った章がその白眉でした。

ウィーンPrater プラター公園にあるRiesenrad 観覧車は、1897年に作られたという現存する世界最古の動力式観覧車で、約65メートルの高さを誇ります。何とこの観覧車では、観覧車に乗りながら夕食が食べれるそうで、辺見庸は観覧車から窓の外で回るウィーンの風景を見ながら、晩餐を行ったそうです。

別に私は、観覧車に乗りながらご飯を食べたいわけではありませんが、19世紀末の観覧車がまだ残っているということ自体が、なんとなく良いなと思うし、辺見庸が愛情を持って記しているように、ゆっくりと回る観覧車に揺られ、窓の外の風景を眺めるというのは、何となく魅力的だなと思わされたのです。どことなくのんびりしているというか、せわしない世の中に背を向けている感じがするからでしょうか。とにかく、この本を読んでから、私は観覧車のことが妙に気になるようになったのです。


ドイツには余り遊園地はないので、普段は観覧車に乗る機会はありません。しかし、ミュンスターには年三回Send と呼ばれる移動遊園地がやって来て、その際に観覧車も設置されるので、この時だけは観覧車に乗ることができます。

移動遊園地というと小さくて、しょぼい光景を想像するかもしれませんが、ドイツの移動遊園地をなめちゃいけません。移動遊園地がミュンスターにやってくると、宮殿前の広大な広場に無数の出店やアトラクション、ジェットコースター、観覧車などが設置されます。そして、そのどれもがかなりの大きさ、豪華さを誇っています。もちろん、固定の大遊園地とは比べるまでもありませんが、とても車で運んできたとは思えない、規模の大きなアトラクションが目白押しなのです。


もちろん、観覧車も、かなり巨大です。ミュンスターは、全くの平地にある街で、市内には教会以外高い建物が全然ないので、街を上から見渡す機会は普段は全くありません。そのため、観覧車に乗り、遙か上空から、ミュンスターの街を一望するのは、かなり壮観です。赤茶けた屋根が並ぶ街並みから、ところどころ教会の尖塔が突き出て、遙か彼方の地平線まで、ところどころ雑木林で覆われた平地が、漠々と広がっていく様を眺めるのは、気持ちの良いものです。

ただ、実は、観覧車に乗っている間、ゆっくりとこの風景を眺めるというわけにはいきません。というのは、ドイツの観覧車は、異様に回るスピードが速いからです。日本だと観覧車に乗ると、のんびりしたスピードで車が周り、一回転したら終わりだと思うのですが、こちらの観覧車はかなり猛スピードで回り、一回転はあっと言う間に終わってしまうため、全部で5回転ぐらいしてから次の人に交代することになります。ジェットコースター程ではありませんが、まるで日本の観覧車とは違う乗り物のようです。


でも、やはり回るというのは、良いものだと思い、観覧車に乗る機会があれば、またぐるぐると回ってみたいと思います。私は残念ながらまだウィーンを訪れたことはありませんが、もし機会があれば、ぜひプラター公園の観覧車に揺られ、ウィーンの街を眺めてみたいと思います。


そんな中、日本では、なんと『観覧車物語』という、観覧車に関する本が出版されているそうなのです。これはほしい!読んでだからどうしたということはないのですが、こういう本があると、何かちょっと心が豊かになるような気がして、つい読みたくなってしまいます。