『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』

テレビアニメとして放映され好評を博したという神山健治監督の『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』シリーズの長編「Solid State Society」を見てみました。私は、テレビ版は全く見ていないため、S.A.C. シリーズを見るのは初めてになります。

物語は、どこぞの独裁国家から日本に亡命してきた者たちが、次々と謎の自殺を遂げるところから始まります。そして、彼らを殺したと見られるのが、傀儡廻という凄腕のハッカーの存在です。公安9課がこの事件を追っているうちに、バトーは偶然草薙素子に出会い、ソリッド・ステートに近づくなと忠告されます。

9課が、厚生労働相のデータベースを使って誘拐された子どもたちの身元を割り出そうとしたとき、政府のソフトがコンピューターウイルスに汚染されていることが判明します。その線上で明らかになってくる誘拐された子どもたちと全自動介護装置で介護を受ける独居老人の関係が、ソリッド・ステートという言葉の謎を明らかにしていきます。

この映画は、中盤までは原作でも良くあるような亡命した海外の政府関係者の捜査で話が進むのですが、後半一転して、日本の現代の問題が取り上げられます。それは、高齢化と少子化、そして教育問題です。某有名実在政治家そっくりの保守政治家も出てくるところが、面白いです。

ただ、このアニメが、そのような社会的な問題を追求した作品かというとそうでもなく、基本的にはテーマとは関係ない謎解きや伏線貼り、アクションなどの描写がほとんどです。そのため、基本的には、謎解き+アクションという娯楽的要素が非常に強い作品だと思います。

この作品の面白いところは、この作品全体が、押井守が監督した『攻殻機動隊』の反復になっているところです。冒頭に少佐が光学迷彩を纏い高所から降りる場面と言い、「傀儡廻」というハッカーの名前と言い、ラストシーンといい、思わず押井版『攻殻機動隊』を思い出させる場面が色々と散りばめられていました。

ただし、根本的に違うのは、S.A.C. が「ああ、面白かった」と感じられる健全な娯楽作品であるのに対し、押井版攻殻は色々と観客に「おみやげ」を持たせる、つまり引っかかるところを残すところです。また、S.A.C.では、ネット、コンピューター、人間との関係について哲学的に思弁するよりもむしろ、現実の社会的な問題に目を向けています。全体的に、S.A.C. は、健全で見やすい作品になっており、旧作と対比させることで、そのようなまともさをアピールしたかったのだろうかと思いました。

絵的には、スタジオI.G. らしく、非常に緻密な映像を作っていたと思います。キャラクターの造形はマンガっぽいですが、動きはかなりリアルです。車に乗り降りするとき、ちゃんと人の重みでサスペンションが沈むところまで描かれていたので感心しました。メカや背景のかなりの部分はCG で描かれていましたが、セル的な塗りのキャラクターも陰つけが凝っているので、違和感はありませんでした。トゥーンシェードされた車や、テクスチャーが貼られ、グラデーションが無機質な建物などは、CG時代ならではの質感だと思いました。

この作品では、人物や背景がかなり書き込まれており、造形も比較的リアルということで、かなりのリアリティーがあります。普通の実写映画は軽く上回っているとも思います。しかし、リアリティーの審級が上がると、それはそれで苦しい部分もあります。

たとえば、この作品では沢山銃がぶっ放され、人が沢山死にますが、そんなことは法治国家の中では滅多に起こりませんし、許されないことです。最後の方で、一議員や一官僚の計画で、非常に犯罪性が高いことが行われていたことが判明しますが、これも様々なチェック制度や情報公開制度、報道の自由がある民主国家では、本来不可能です。

この程度のことは、本来は映画やアニメなどのフィクションでは気にならないのですが、作品の映像や演出の出来が非常に良いために、設定や物語もそれに匹敵するリアリティーが求められるところもあり、大変だと思いました。

全体的には、謎解きとアクションにハラハラドキドキしつつ、単なるアクションものでも終わらないという、大変贅沢な娯楽大作になっていると思いました。


攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society [DVD]

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