連載(2−1)ドイツ語ポップスブーム総論


前回は、ドイツ語ポップスブームに関する基本的な知識を知っていただくために、私の私感は交えず、フランクフルターアルゲマイネの記事を紹介しました。しかし、あの記事だけではかなり分析が表面的で食い足りないので、これからは、もう少し突っ込んで、この動きをご紹介しようと思います。

昨年後半から本格化したドイツ語ポップスブームについては、ネットや雑誌の記事、あるいはテレビ番組でもかなり紹介されています。私がネット上で見つけて、まだ読むことができる記事だけでも結構見つかります。


しかし、私が知る限りでは、ドイツ語ポップスブームで現れたアーティスト達の分析や、今回のブームでそれまでと何が変わったのか、何故2003〜4年にかけて、突然ドイツ語ポップスが爆発的に人気が得たのかについて、きちんとした分析をした記事はありません。どれも、ブームを表面的に、さらっと紹介するだけで、個人的には非常に物足りない記事ばかりでした。

そのため、それらの欠点を補うために、このブームについて、自分でつらつらと考えたことを書いてみようかと思います。何分、ドイツポップスの歴史や、皮膚感覚が分からない外国人ということで、勘違いも多いと思いますが、それは素人の私感と言うことで、ご容赦下さい。


先ず、ドイツ語ポップスブームが、ドイツの音楽市場に与えたインパクトは何かを考えると、大きく分けて三つあると思います。一つ目は、ドイツのミュージシャンが売れたこと。二つ目が、ドイツ語で歌うドイツのミュージシャンが売れたこと。三つ目が、インディーロックがメジャーに浮上したことです。以下順を追って、説明したいと思います。


1.ドイツのミュージシャンが売れたこと

以前ご紹介した統計を見れば分かるように、ドイツでは英米のポップスが支配的で、国産ポップスのシェアは英米のポップスに劣っていました。私が以前ご紹介した数字は、90年代初頭からの統計でしかありませんでしたが、この傾向は、80年代初めのドイツニューウェーブの時期を除き、戦後ずっと続いてきたようです。アメリカポップスのドイツへの流入の歴史は、第一次大戦後まで遡るようですが、これについては私は良く知らないので、Schlager についてご紹介するときまでの宿題としておきたいと思います。


この間ご紹介したフランクフルター・アルゲマイネの記事でも出てきたように、今回のドイツ語ポップスブームに関する文章の中では、非常に頻繁に80年代のドイツニューウェーブが引き合いに出されています。それは、ドイツ語で歌う、ドイツのミュージシャンが大いに人気を博した時期が、この時期しかなかったからでしょう。そして、ニューウェーブのブームが数年で去った後、再びドイツポップスは英米のポップスに支配されたために、多くの人が、今回のドイツ語ポップスのブームにも懐疑的なのでしょう。

そのような状況の中で、ドイツのミュージシャンが大挙してチャートの上位を占拠するという状況は、かなり特殊であり、それ故多くの人にとって驚きだったようです。


2.ドイツ語で歌うドイツのミュージシャンが売れたこと

今回のドイツ語ポップスブームの最大の特徴は、今回のブームで売れたドイツのミュージシャンが、ドイツ語の歌詞で歌っていたことです。これまでは、ドイツ語の歌詞で歌うミュージシャンは、メジャーポップシーンでは例外的で、ほとんどのミュージシャンは英語で歌ってきたとのことです。

たとえば、ドイツ語ポップスブームの代表的なバンドであるSilbermond も、最初は英語で歌っていたそうです。ドイツでは英米から来た英語のポップスが支配的でしたし、ドイツのミュージシャンも英語で歌っていたので、彼らにとっては、ポップスは英語で歌うのが自然だったようです。彼らが何故ドイツ語で歌うようになったかは、残念ながら失念しましたが、ドイツ人は、子供の頃から英語のポップスばかり聴いて育ってきているので、外国語である英語の歌に対する抵抗感はなく、自然と英語で歌うようになるようです。

何故ドイツで、これまで英語のポップスばかりが流れてきたかを考えると、おそらく単に英語が世界の中で支配的な言語であったこと、そして英語のポップスが世界的に支配的なポップスであったことだけが理由ではないだろうと思います。

おそらく、それに加えて、元々ドイツ語が英語とゲルマン系の言語であり、ドイツ人にとっては英語はそれほど理解しにくい言語ではないということも、大きく影響しているのではないかと思います。この問題に関しては、ヨーロッパのラテン語圏とゲルマン語圏で、英米のポップスの受容の仕方に違いがあるかを調べれば、ある程度の見通しが着くと思いますが、私にはそこまでの知識はないので、思いつきレベルの話で、お茶を濁させていただきます。

しかし、もちろんドイツ人の全てが英語を理解できるわけはありません。また、ドイツ人は英語を理解するのに余り苦労しないようですが、それでも、母国語ではないので、全てを分かるわけではないでしょう。たとえば、ネイティブでも聞き取りにくいであろう、早口でブロークンなヒップホップの歌詞を理解できるドイツ人は、それほど多くはないのではないかと思います。

そのため、ドイツ人にとっては、ポップスを聴くとき、歌詞を理解できないと言うのが当たり前の状態だったのではないかと思います。学校で英語習いたての10代の若者、特にギムナジウムなどに通っていない、学歴の低い若者は、ヒットチャートに登るポップスの歌詞は、ほとんど全く理解できていないのではないかと思います。そのため、これも想像ですが、ドイツ人には、歌詞の内容を理解しながら聴くというポップスの楽しみ方は主流ではなく、かなり多くのリスナーが、歌詞をほとんど聴いていないのではないでしょうか。

そのため、ドイツ語のポップスやヒップホップが当たり前になった今、これまでに余り重要視されてこなかったであろう、歌詞を聴くという楽しみ方が急速に広まっているのではないかと思います。


長くなったので一旦区切り、次回に回します。