ヒーロー誕生の瞬間。Wir Sind Helden 『Die Rekramation』


このサイトでも、再三名前を出しているWir Sind Helden ヴィア・ズィント・ヘルデンは、昨年以来一大ブームを巻き起こしているドイツ語ポップスブームの嚆矢にして、中心的なバンドです。

彼らが、2003年にシングル「Guten Tag グテーン・ターク」で彗星のように現れた後は、ドイツポップス界が久しく待ち望んでいた超新星として諸手を上げて歓迎され、数多くの観客の心をつかみ、ドイツのポップスチャートを長きに渡り席巻してきました。

通も唸らせる高い音楽性と、幅広い聴衆にアピールするポップさを兼ね備えた希有なバンドとして、ヘルデンたちは、ドイツで未曾有の成功を収めました。彼らは、デビューから3年にして、今や名実共にドイツを代表するロックバンドとしての地位を確立したと言って良いでしょう。

Wir Sind Helden ヴィア・ズィント・ヘルデンは、元々故郷のフライブルクでソロシンガーをした後、ベルリンに出てきたヴォーカルのJudith Holofernes ユディート・ホロフェルネスが、ハンブルクで、キーボードとギターのJean-Michel Tourette とドラムのPola Roy と出会い結成されました。その後、ベースのMark Tavassol も加入し、現在の4人組のバンドのかたちが出来上がりました。

彼らは、2003年2月にシングル「Guten Tag グーテン・ターク」でデビューと同時に大ヒットを飛ばし、5月に発売した2枚目のシングル「Müssen nur Wollen ムッセン・ヌア・ヴォレン」も立て続けヒットさせた後、6月にファーストアルバム『Die Reklamation ディー・レクラマチオン』を発売します。

このファーストアルバムは、その後一年以上も売れ続け、売り上げ枚数50万枚以上という、ドイツのバンドとしては特大といえる売り上げを上げました。しかし、このアルバムは、ただ売れただけではなく、音楽的な評価も非常に高く、ドイツのポップスは、英米のポップスと比べて一段下だと思われていた状況を大きく変えることになりました。ヘルデンたちの成功によって、ドイツのポップスチャートに、ドイツ語で歌う、インディーロック色の強いバンドたちが次々と登場することになったのは、これまでの連載ですでにお伝えしたとおりです。

Wir Sind Helden を一言で言うと、シンセサイザーを多用した、インディーロック、ポップ、パンクの要素を合わせ持つバンドだと言えるでしょう。とは言うものの、このバンドは、ドイツの超大物パンクバンドDie Ärzte ディー・エルツテに似て、とにかく一筋縄で行かない、多面性のあるバンドです。

一方で、反グローバリズム的な主張を声高に叫ぶ政治的なバンドかと思えば、へんてこなシンセが多用されるコミカルな曲も多いですし、ディストーションギターの効いたインディーロックも、静かで美しいバラードも得意とします。音楽性はかなり広範に渡っており、ポップスとも、ロックとも、パンクとも言いにくい、独特の雰囲気を保っています。

彼らの音楽は、明らかに英米のインディーポップ、ロックを基盤にして成り立っていると思いますが、彼らの特色としては、シンセサイザーを多用することがあります。もちろん、英米のインディーバンドにも、シンセを多用するバンドはありますが、それらのバンドは、エレクトロニカから影響を受けていたり、クラブミュージックに接近しているものが多いと思います。

それに対しWir Sind Helden の使うシンセサイザーの音は、80年代のあのチープな音です。それも、80年代をリバイバルしましたというような使い方をするのではなく、何のてらいもなく、極普通に使っているところは、ドイツのバンドならではだと思います。

ちなみに、この80年代的シンセの多用は、ドイツ語ロックニューウェーブのバンドの多くに共通する特徴であり、彼らが良く「ニューウェーブ」と呼ばれるのは、彼らのサウンドが80年代初期のドイツ・ニューウェーブのバンドに似ているからでもあります。

また、彼らの特徴としては、英語ではなく、ドイツ語で歌っていると言うことがあります。彼ら以前のドイツのミュージシャンは、英語で歌うのが一般的で、ドイツ語で歌うことはダサイとされていました。しかし、ドイツ語の歌詞で歌い、特大ヒットを飛ばしたWir Sind Helden によって、ドイツ語で歌うことが一般的になりました。


Wir Sind Helden『Die Reklamation』は、全12曲から成り立っています。タイトルの『Die Reklamation』とは、「異議申し立て」という意味です。彼らは、政治的に言うとかなり左翼的であるようですが、その反抗性が、タイトルにも現れています。


冒頭の「Ist das so? イスト・ダス・ゾー」は、ちょっとコミカルにも聞こえるような、印象的なシンセサイザーのフレーズで始まります。粘りのあるベースと後ろのめりのドラムが作るミドルテンポのリズムがA メロを引っ張り、その重めのリズムの上をヴォーカルのJudith ユディート が、韻を多用し、言葉を詰め込み、凄まじい早口でまくし立てます。そして、A メロの重めのリズムで溜めたテンションを、パンキッシュなサビで一気に解消するという構造になっています。

曲後半の間奏前に、ユディートがライムとも言えぬ、言葉遊び的な歌詞で歌っているのが面白いです。しかも、この部分は、リズムが何故かレゲエ風の裏打ちになって、脱力するようなギターが鳴っているので、何ともすっとぼけた味わいになっています。一曲目から、ドイツ語で歌うことの効果が余すところ無く発揮されていると思います。

2曲目の「Rüssel an Schwanz リュッセル・アン・シュヴァンツ」は、全編に渡って、妙にけだるい、のったりしたミドルテンポのリズムが続く、脱力しまくりの曲です。冒頭のへんてこなシンセサイザーの音を聴いただけで脱力しそうです。


次は、ファーストシングルにして、彼らの名前を一躍ドイツに轟かせた出世曲「Guten Tag グーテン・ターク」です。この曲は、手拍子とドラムのコール・アンド・レスポンスから始まります。シンプルなパンクのリズムに乗り、速射砲のような早口で、ドイツ語の歌詞が吐き出されると言う、疾走感のある曲です。ただし、リズムがパンキッシュとは言っても、ギターではなく、シンセサイザーが主役で、そのシンセのフレーズは、例によってすっとぼけているので、全体としてはパンク的なアグレッシブさよりも、コミカルさの方が目立っています。

ただし、この曲の歌詞は、大量生産品や、その製品を売るための宣伝を批判し、そんなものに流されず、自分の人生を取り戻したいという、政治色の非常に強いものです。歌詞を書いたユディートは、ナオミ・クラインの『ノー・ロゴ』を読んでいるそうなので、その影響で書かれたのだろうと思います。ちなみに、ユディートは、68年世代に共感を覚える、バリバリの左翼女性です。

この曲の魅力と言えば、やはり凄まじい早さで繰り出される言葉のリズム感でしょう。この曲では、言葉のリズム感を強調するためにメロディーはほとんどなく、ドイツ語の堅い語感により、程良く耳に引っかかる言葉のリズムを楽しむことが出来ます。強烈に政治的なテーマを、ユーモアたっぷりに、しかも強力なビートに乗せて、ドイツ語で歌ったのだから、登場した当時はかなりインパクトがあったのでしょう。


4曲目の「Denkmal デンクマル」も、後にシングルになった曲です。相変わらず、シンセによる印象的なフレーズから始まる曲ですが、これまでの曲よりグッとシリアスな雰囲気になっています。パンキッシュだった前曲から一気にテンションが落ち、ミドルテンポのリズムとシンプルなギターがボトムを固め、歌とシンセが曲に色を付けています。

次の「Du erkennst mich nicht wieder ドゥー・エアケンスト・ミッヒ・ニヒト・ヴィーダー」は、リバーブをかけたギターのアルペジオとファンタジックなシンセサイザーのシンプルな伴奏で始まります。雰囲気としては、バラードに近い、静かでメロディアスな曲という感じですが、曲が進むごとに、次第に伴奏の厚みが増し、クライマックスではディストーションギターとドラムも入るなど、かなりの盛り上がりを見せます。この曲のラストが、このアルバム前半のクライマックスと言っても過言ではないと思います。

前半最後の曲「Die Zeit heilt alle Wunder ディー・ツァイト・ハイルト・アーレ・ブンダー」は、まるでアルバム最後の曲のような、聴衆の興奮を冷ますかのような、静かな始まり方をします。この曲では、ユディートの柔らかい歌い方と、メロディー、ゆったりした演奏が相乗効果を上げ、ハートウォーミングな雰囲気を醸し出しています。クライマックスのシンセのフレーズが、この曲の雰囲気に絶妙に合った名フレーズで、ラストを盛り上げてくれます。


7曲目の「Monster モンスター」からは、再び雰囲気が変わります。この曲の平坦なメロディーとギター中心のサウンドは、インディーロック的ですが、目立たないところで、シンセのフレーズを幾つも使うなど、サウンドは非常に凝っています。

次の「Heldenzeit ヘルデンツァイト」は、アルバム中最もアグレッシブな曲です。この曲では、メロディーを平坦にし、言葉そのもの、同時に言葉のリズム、さらにサウンドを目立たせています。全編に渡って繰り返される、不協和音気味のへんてこなギターのフレーズは耳に残り、ユディートの絶唱気味の執拗なリフレインと組合わさったラストは、かなりのインパクトがあります。

「Aurelie オーレリー」は、ドイツの男の子からアプローチがないのを不思議に思っている、フランスから来た女の子オーレリーに、ドイツ人の男の子の行動パターンを教えてあげるという曲です。可愛らしい歌詞に合わせ、リズムも弾むように軽快で、可愛く、楽しい一曲です。この曲も、シングルになりました。


次の「Müssen nur Wollen ムッセン・ヌア・ヴォレン」は、ノイジーなギターのリフが印象的なインディーロックチューンで、個人的にこのアルバムで最も気に入っている曲です。印象的かつ、抑制の効いた上品なメロディー、リズミカルな譜割り、シンプルであるにも関わらず曲のテンションを絶妙にコントロールしているリズム、そしてこの曲の不思議な浮遊感を作り出しているギターなど、様々な要素が絶妙なバランスで結びついている曲だと思います。

特に、同フレーズが何度も繰り返される、一見単調に思えるサビの、あの独特の浮遊感は、なかなかお目にかかれないと思います。この曲を聴くと、このアルバムでは主にシンセサイザーを使っているリーダーのジャン・ミッシェルは、ギタリストとしても凄くセンスが良いことに気づきます。

この曲は、イギリスなどのインディーロックバンドを好んで聴いている人なら、気に入る可能性はかなり高いと思うので、ぜひ日本でも紹介してほしい曲です。

あと、この曲は、歌詞も良いんですよね。そのうち、ぜひ訳して、ご紹介したいです。

シングル曲で盛り上がった後の10曲目は、非常に静かなスローナンバー「Ausser dir アウサー・ディア」です。星空を思い起こさせるような綺麗な音色のシンセサイザーと、美しいメロディーでついしんみりとなってしまう曲です。

アルバムラストの「Die Nacht ディー・ナハト」は、「夜」というタイトルに似て、とても静かで、まるで子守歌のような曲です。しかし、スローな曲でも、きちんとビートの芯が通っているところや、ラストが不協和音気味で終わるところなどは、一筋縄で行かないと思わせます。


アルバム一枚通して聴いても、すっとぼけた曲、盛り上がる曲、静かな曲など色々な方向性の曲があり、バラエティーに富んでいて飽きることがありません。また、まるで昔のレコードのA面とB面のように前半と後半を感じさせる構成なども面白いです。曲も粒ぞろいで、捨て曲がないですし、ポップで聴きやすいけれど、同時にきちんと音楽的な工夫もされており、奥が深いアルバムです。


私がこれまで紹介してきたドイツ語ポップスブームは、Wir Sind Helden のこのアルバムから始まったと言っても過言ではありません。その意味で、このアルバムは、ドイツのポップス史を紐解くとき、必ず言及せざるを得ない、2000年代のドイツポップスを代表するアルバムであると言えます。

そして、ドイツポップスにとって幸いだったのは、このアルバムが、単に市場の動向に大きな影響を与えただけではなく、ドイツのポップスの質の底上げに大いに寄与していることです。そのため、アルバム自体の質、市場への影響、後続バンドへの影響など、あらゆる意味で、この『Die Rekramation』は、ドイツポップス史上に残る、歴史的名盤であるという評価が相応しいと思います。



Die Reklamation

Die Reklamation