ミヒャエル・ハネケの「ファニー・ゲーム」

現在オーストリアの監督ミヒャエル・ハネケの新作「Cache」が劇場で掛かっているということで、彼の旧作が上映されました。今日は「Funny Games」が上映されるということで見てきました。

私はこれまでハネケ監督の作品は見たことがないのですが、以前テレビでカンヌ映画祭のグランプリを取った「ピアニスト」のラスト5分だけをたまたま見て以来、ずっと気になっていました。最後のシーンだけなので、ストーリーなどは何も分かりませんでしたが、その余りにも余りな終わり方を見て、こいつは凄いと思わされました。

そして、今回「ファニー・ゲーム」を見たわけですが、こりゃあどえらい映画です。この映画の評判は色々なところで見ていたので、事前に覚悟していったのですが、ある意味予想通りの映画でした。しかし、予想と実際に見るのは大違いです。見事に、精神的ダメージを受けて映画館から出ることになりました。

この映画は、別荘に遊びに来た一家三人が、若者二人に殺されるというストーリーです。ストーリーだけ見ると「13日の金曜日」のようですが、中味は、全くの正反対です。「ファニー・ゲーム」では、直接的な暴力描写はほとんど描かれませんが、その代わりに、暴力がどれほど人の身体、そしてそれ以上に心を痛めつけるのかを、これでもかと言うほど徹底的に見せつけます。

しかも、この映画は、映画的なお約束を徹底的にコケにして、劇的な描写を全く行いません。そのため、この映画は、恐ろしくリアルです。暴力を振るわれたら人は痛がる、そして恐怖におののく、身内が殺されたら悲しむ、そのような当たり前の感情を、非常に乾いた素っ気ない描写で延々と描くので、観客は、まるでその暴力や殺人の現場に立ち会っているかのような気分にさせられます。

当然の事ながら、もし現実に、他人が暴力を振るわれたり、殺されたりするところに立ち会うようなことがあれば、一生もののトラウマになることは間違いがありません。この映画は、この気分をフィクションの限界に近いところまで感じさせてくれます。私も、映画に関して、たいがいすれっからしになっていると思っていましたが、余りの痛々しい展開の連続に、途中でもう早く終わってほしいと思いました。たかが絵空事でこれほどの不快感を感じさせる演出の見事さには、舌を巻きます。

何故この映画で、これほど生々しく暴力が描かれるのは、監督が、フィクションの中の暴力描写に嫌悪感を持っているからでしょう。フィクションの中では、暴力や殺人があふれており、それを皆楽しんでいるわけですが、この映画は、そのような観客に思い切り冷や水をぶっかけているのです。実際の暴力の恐ろしさ、痛ましさを、観客に思い知らせるためにです。

そういう意味では、非常に暴力的で残酷で、不快極まる内容にもかかわらず、この映画は、根本的には道徳的な映画ではないかと思います。もし、他人に暴力を奮うことに抵抗を覚えない者や、実際に人を殺した人間がいれば、「時計仕掛けのオレンジ」の主人公のように、この映画を延々と一日中見せ続ければよいのではないでしょうか。

この映画は、評判通り、映画史上最も不快な映画と言っても良いくらい、不快極まる映画ですが、映画としての完成度は文句の付け所がなく、映画史に残る名作と言っても過言ではないと思います。

個人的には、暴力や殺人が何故悪いか、人の命が大切にされないときに何が起こるのかを、これ以上はないほど実感させてくれるという意味で、学校の道徳の時間にでも見せれば良いのではないかと思ったのですが、子供が人間不信になるから駄目でしょうか。