Stanley Kubrick: Dr. Strangelove Or: How I Learned To Stop Worrying And Love The Bomb


スタンリー・キューブリック監督の『博士の異常な愛情』を見ました。この映画は、1963年という冷戦真っ直中に作られた、米ソの核抑止体制を痛烈に馬鹿にした激烈にブラックなコメディー映画です。

物語は、ある基地の将軍が、或る日突然爆撃機に核爆弾をソ連の基地に投下せよと勝手に命令してしまったところから始まります。彼は狂信的なキリスト教原理主義者で、共産主義者が水にフッ素を入れて、人々の体液を汚そうとしているという良く分からない陰謀論を信じ込んだために、共産主義者共を絶滅させようとしたのです。

この将軍の暴挙に大統領をはじめとする軍上層部は大慌てで、何とか破滅を回避しようと右往左往します。しかし、軍上層部の中に、もう一人キリスト教原理主義者がいて、どさくさに紛れて、先制攻撃で相手を全滅させてしまえと言い出します。彼は、先制すれば、敵の90%の基地は叩けて、自国の犠牲は「たった」2000万人で済むなどと物騒なことを言い出します。しかし、大統領は当然そのような意見は一考だにせず、ソ連の書記長に電話をし、何とか核戦争を回避しようと試みます。

しかし、書記長との電話で、ソ連が、「Doomsday machine (最後の審判マシーン)」なる全生物絶滅兵器を持っていたことが明らかになります。このマシーンは、攻撃されると全自動で発動する、究極の恐怖による戦争抑止を狙った機会でした。しかし、発表直前で、アメリカ側が知らなかったため、まだ抑止力として役に立たず、アメリカもソ連も糞もなく、全人類が絶滅の危機に立たされることとなります。

しかし、将軍は、核戦争時の混乱期に、将校個人が大統領の許可を得ず核攻撃の命令を出せるという制度を使っており、暗号通信でしか、爆撃機と連絡が取れません。しかし、その暗号を知っているのは、命令を出した将軍だけ。そして、基地に籠城して、味方と銃撃戦を繰り広げた将軍は、結局自殺してしまい、暗号を分かる人は誰もいなくなってしまった・・・・・。

と、こんな風に、最初から最後までボタンの掛け違いの連続で、徹底的に核抑止理論や軍人達が馬鹿にされ続け、とにかく爆笑の連続でした。キューブリックは、『フルメタル・ジャケット』のような、これまた徹底的に軍隊や戦争に対する悪意を露わにした映画を撮っていますが、心底軍隊や戦争が大嫌いなのでしょう。また、この映画では、キリスト教原理主義者が、徹底した好戦派で、絶滅主義者として描かれていることも、興味深いと思いました。彼は、キリスト教徒も大嫌いだったのでしょうか。

この映画は人間の度し難い愚かさを笑い飛ばすというブラックコメディーですが、この映画が作られていた頃は、キューバ危機など核戦争一歩手前までエスカレートしていたような時代ですから、この映画のような出来事は、まるっきり絵空事というわけでもなかったわけです。今見る分には、気楽に笑っていられますが、当時見た人は、ゲラゲラ笑いながらも、根底で慄然とする思いはあったのではないかと思います。

人類絶滅を前にしても、己の欲望を丸出しにしたり、相手への不信、敵対を止めようとしない人間のどうしようもなさ加減を徹底的に嘲笑い、素晴らしくエレガントで、皮肉と悪意に満ちたエンディングを用意してくれるこの映画は、誠にブラックコメディーの歴史的傑作という評価が相応しい映画だと思います。