『涼宮ハルヒの憂鬱』

一部では、『新世紀エヴァンゲリオン』以来の盛り上がりとも言われた大ヒットアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』を見てみました。テレビアニメであるにもかかわらず、14話とかなり短いので、他のテレビアニメと比べると見やすいと言えます。

このアニメは、涼宮ハルヒという高校生が退屈し、非日常的な不思議なこと、面白いことを見つけるために、SOS団という部活を作り、ドタバタを繰り広げるという学園青春ものです。

このアニメには、テーマ的に二つの軸があります。一つは、幼児的万能感を持ったまま高校生になった涼宮ハルヒが、彼女が退屈だと思いこんでいた日常に馴染み、同時に他者と関わり合っていくという軸です。ハルヒは、この物語では、全知全能の神のような存在で、彼女の願望は何でも実現するようになっているのですが、彼女は自分が全能であることに気がつかず、普通の人間だと思っており、彼女が求めていることが実現していることにも気がつきません。

つまり彼女が全能であるという設定が、たとえ幼児的万能感が満たされたとしても、それ自体は退屈なことであること、結局突拍子もないことが起こることによってではなく、彼女にはどうにもできない他者と関係を結ぶことによってのみ、退屈だと思っていた日常が輝き出すことを際だたせます。要するに、幼児であるハルヒが、成長=社会化して、少しずつまともな人間になっていくのです。

もう一つの軸は、日常には面白いことなんて何もなく、驚くようなことは何も起こらないと思いこんでいるシニカルな高校生であるキョンが、次々と不思議なことに巻き込まれていき、世界は彼が思うほど退屈でもなく、案外驚きに満ちているということを理解していくと言う軸です。

最終回では、つまらない旧世界とは別個の、スペクタクルに満ちており、幼児的万能感が完全に満たされる新しい世界が創造されかけるのですが、ハルヒキョンは、互いにキスをすることで、結局退屈であったはずの旧世界に戻ります。要するに、自分の頭の中だけで妄想しているよりも、現実で恋愛したり、色々な人と関わったりした方が面白いだろうという、極めて常識的な結論となっています。

このように、この作品では、幼児の社会化、あるいは退屈な日常の再帰的肯定という両方のテーマが同時に扱われています。そのため、妄想に浸る幼児的な人、斜に構えたシニカルな人双方に、現実肯定を促す、誠に教育的配慮の行き届いた作品になっているとおもいます。それがこのアニメの物語の一番の特色だと言えるのではないかと思います。この二人の成長は、お互いが出会い、関係を深めることで促進されていきますが、この若者の成長というテーマとボーイ・ミーツ・ガールの緊密な結びつきは、テーマ的にも物語的にも使い勝手が良いと思わされました。

このアニメでは、時間軸を入れ替えたり、突飛な設定や場面が突如として現れるなど、視聴者が混乱するような要素も色々と盛り込んでいるのですが、テーマ的な軸が非常にはっきりしているので、難解というよりは、試聴する際の良いアクセントとして機能していると思います。

また、このアニメは、テレビアニメとは思えないほど、きちんと動きます。テレビアニメで、これだけ作画が崩れないというのも驚異的だと思います。このアニメは、テレビ放映も、地方局でしかやっていないですし、制作された話数も少ないですし、半分OVA のような位置付けで制作されたのではないかと思いました。

この作品で、アニメ的に面白いと思ったのは、眼の色塗りです。このアニメでは、眼の表現で、単純な色の塗り分けだけでなく、若干のグラデーションも使っています。全カットで、眼に特殊効果が施されているので、コンピューターソフトに、自動的に眼にエフェクトを掛けてくれるプラグインなどがあるのだろうかと不思議に思いました。この手法が色々なアニメで使われるようになると、アニメのキャラクターにも、大分奥行きが出てくるような気がします。

私は、何故ただの学園アニメがこれほど人気があるのだろうと不思議に思っていたのですが、見てみると、なるほど人気が出るのは分かると納得できました。テーマがはっきりしており、そのテーマを扱うために、ロジカルに世界設定や物語や骨組みが作られたこと、なおかつベタベタにならないように、学園ものではありえない突拍子もない設定を導入し、視聴者の驚きを誘い、興味を引きつけたこと、キャラクター人気のために、萌えキャラを配置したこと、作画の質が高いこと、演出が手堅いこと等々を鑑みるに、この作品としての完成度の高さと、作り込みが、この作品の人気を支えているのだと思いました。

このアニメは、アニメオタクの間では大変人気があるようですが、一方、エヴァの時のように、その外側に広がることはなかったようです。このアニメはテーマはオーソドックスなのですが、キャラクターデザインや声優の演技など、日頃萌えアニメを見慣れていない人間には、奇矯に感じられる要素が色々と含まれています。基本的に、購買層メインの方々に対するサービスが多いほど、そのような文化に馴染んでいない者には、理解が難しくなるので、これほどサービス精神に溢れたアニメは、その外側の人間にとっては受け入れにくいというところはあろうかと思います。

この作品は非常に理知的に作られており、私は、青春アニメとして、本当に良くできていると感心させられました。10代の若者が夢中になるのも、当然だろうと思います。

涼宮ハルヒの憂鬱 7 限定版 [DVD]

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