羽海野チカ『ハチミツとクローバー』

言わずと知れた大人気少女漫画を読みました。この作品は、上手く行かない恋愛もの×自分探し・青春ものという感じの作品でした。中盤までは、ミニマルな日常と、進展しない恋愛が主に描かれ、後半では、自分探しと少年少女から大人への成長が描かれます。

この作品は、基本的には、ずいぶんとレトロな恋愛劇だと言えると思います。というのは、主要男性キャラクターが住むのが古い木造のアパートで、彼らは常に餓えているという神田川のような設定だからでもあり、主要主人公全員が恋愛に対して大変奥手で、数年越しの片想いに耐え続けているという設定だからでもあります。基本的に、精神的には、ふられたり、望みがなくても諦めない、恋愛に対して大変粘着質な登場人物ばかりで、特に山田さんと真山は、ほとんどストーカーに近い粘着性を見せています。

ただし、粘着質な登場人物ばかりでも、皆善良で純粋な人ばかりで、フル方もフラレる方も、互い互いを思いやっているので、ストーカー気質の方は余り目立たず、さわやかに読むことができます。しかし、何年も片想いをしつつ告白をしない、あるいはふられているのに、何年もひきずる登場人物ばかりというのは、いささかリアリティーがないように思います。だいたい、余りにも恋愛が成就しないと言うのも、不自然です。しかし、おそらく、普通にはありえないような登場人物の純粋さ(と背後に隠れた粘着性)が、漫画的なフックになり、ロマンティックで純粋な恋愛に憧れる女性達の間で、人気を博したのではないかと思いますが、良く分かりません。この作品も、『世界の中心で愛を叫ぶ』などの、純愛回帰作品との流れで理解しても良いのでしょうか?

ただ、恋愛劇を長引かせるには、恋愛が進展しないことは、大変便利です。*1また、この漫画では、必ずしも明確な物語構造があるわけではないし、群像劇なので必ずしもテーマも明快ではありませんが、だからこそ、小さなエピソードの積み重ねにより、個々のキャラクターの心情を読者に理解させることが重要になります。中盤までのミニマルな描写によって、キャラクターへの読者の感情移入が進んだからこそ、終盤の竹本君の自分探しや、はぐみの決断がより印象的になるということで、10巻通して読むと、結構バランスが良い構成になっていると思います。

漫画的には、最初はごちゃごちゃして見にくかったコマ割や、汚い線が、次第に洗練されていき、最後の方は、線もキレキレで、見やすく、洗練された画面になっていたので、感心しました。連載中に成長し、乗りに乗っているところで、クライマックスを迎え、きちんと締めくくられたということで、上手くまとまった作品になっていると思います。

個人的には、面白いとは思いましたが、何故このような古風な内容の漫画が、これほど人気を博したのか、コンテクストが良く分からないと思いました。

*1:一連の高橋留美子作品を参照。