矢沢あい『NANA』

映画も二作作られた超人気少女漫画です。内容は、モテ系の女の子小松奈々とパンクバンドのヴォーカルのナナと、その周辺の人々が、悲喜こもごもの人間関係を繰り広げるというものです。基本的には、ナナの所属するブラストというバンドと、ナナの彼氏がギターをしている超人気バンドのトラネスのメンバーとその周辺の人々が、くっついたり離れたりする話です。どちらのバンドも超人気バンド、なおかつ両方のバンドのメンバーは同郷で、昔からの密接なつき合いがあるなど、設定はかなりご都合主義的ですが、基本的に恋愛を含む人間関係を描く漫画なので、設定は、ちょっとしたスパイスのようなものだと思います。

この作品で面白いのは、最初は彼氏依存的な奈々が、自分を確固と持っているナナに憧れるという感じで、ナナが理想的な人物像として描かれていたのが、途中からこの関係が逆転することです。奈々は、安易にトラネスのリーダーであるプレイボーイの男と寝てしまったために、彼女がようやく見つけた真実の愛を失い、できちゃった結婚をする羽目になります。相手は奈々のことを愛していませんし、奈々も、子供が出来たから仕方がないという感じで、相手が自分を愛していないと分かっていながら結婚を決意しました。そのため、彼らの関係は、非常にビジネスライクだと言えます。

他方、ナナは、彼氏を本当に愛していて、一途ですし、彼氏からも心から愛されています。ナナと彼氏は、お互いに音楽に関してはプライドを持ち、強い意志と努力によって成功しました。しかし、彼らは、人間関係に、いつも心からの愛や完全な誠実さを求めてしまうので、精神的に不安定になったり、傷ついたりしてしまいます。

全然確固とした自分を持たず、状況に流されるままに生きる奈々は、真実の愛を断念して、愛していない男と結婚したにもかかわらず、将来子供を産み、幸せな家族を築くようです。他方、確固とした自分を持ち、誇りと信念を曲げず、真実の愛を求めるナナは、将来破滅してしまうようです。古い考えだと、ナナの方が幸せになりそうなものですが、今作では全く逆になりそうです。この辺は、非常に現代的で、ドライなところだと思います。恋愛幻想は死んでしまったのでしょうか。

また、奈々は、幸せな家庭に育ったために、全人格的な人間関係や愛情をそれほど求めないのに対し、ナナは、親の愛を知らずに育ったために、その欠落を埋めるために全人格的な人間関係や愛情を求めてしまいます。愛された子供が愛されたが故に、愛を求めず幸せになり、愛されなかった子供が、愛されなかったが故に愛を求め、その結果破滅する(だろう)というのは、ずいぶんなアイロニーだと思います。

絵的には、岡崎京子以降のおしゃれ漫画の流れを引いていますが、これらのおしゃれ漫画とは異なり、線は一本一本丁寧に引かれており、隅から隅まで隙のない画面を作っています。この画面のカチッとした感じは、この作品を野暮ったく見せているのですが、この作品は、先鋭的な風俗を見せるという漫画でもないので、あれくらいのお洒落さでちょうど良いのでしょう。

また、出てくる登場人物の大半が非常に良い人で、岡崎京子系漫画の殺伐とした雰囲気はないので、ほのぼのと読むことができるように思います。正直、連載が長すぎて、人間関係がややこしくなりすぎている気はしますが、何とか破綻させずに、最後まで描ききってほしいと思います。