シャロン・マグワイア監督『ブリジット・ジョーンズの日記』

へレン・フィールディンクのベストセラー小説の映画版である『ブリジット・ジョーンズの日記』(『Bridget Jones's Diary』2001年)を見ました。

この映画は、30台独身女性、日本で言えば一時期話題になった「負け犬」と呼ばれるような女性が、パートナーを獲得すべく奮闘するという話です。32歳で出版社勤務のブリジット・ジョーンズは独身で、彼氏もおらず、酒も煙草も嗜み、仕事もできず、身体も太めという女性で、早く結婚したいと思っています。

実家に戻ると、両親がブリジットの相手にと弁護士を紹介しますが、堅物の彼はブリジットには気に入らず、母親の目論見はあえなく潰えます。そんな彼女ですが、職場の女ったらしの上司とつきあうことになり、いっしょに旅行するほどでしたが、相手の浮気によってあえなく別れ、職場を変えることになります。

他方、彼女は色々なところで、弁護士と鉢合わせし、何故か「ありのままの君が好きだ。(love ではなくlike)」と言われ、少しずつ心引かれていきます。しかし、元上司から、その弁護士が彼の女を寝取ったと聞いていたブリジットは、彼のことを不誠実な男だと思っています。しかし、よりを戻しにやって来た元上司と弁護士が、彼女の家で鉢合わせし、過去に因縁があった彼らは、大乱闘を演じます。結局ブリジットは、元上司とよりを戻すことを止めます。その後、元上司が言った弁護士の女性強奪は嘘だったことが分かり、ブリジットは、弁護士の下に走るのでした。

この映画の最大の特徴は、ブリジット・ジョーンズの人物造形にあります。彼女は、他の映画のヒロインとは違い、ドジで、もてなくて、意志薄弱で、取り立てて取り柄のない女性です。彼女のようになかなかパートナーが得られず悩んでいる女性は、世界中に数多くいたようで、多くの女性たちがブリジットに自分の姿を重ね、共感したようです。

しかし、独身三十路女性の生活を生々しく描いただけなら、これほど人気が出ることはないでしょう。ブリジット・ジョーンズがこれほどヒットしたのは、この物語が、寂しい独身女性の欲望を物語の中で存分に実現させたからでしょう。では、彼女のたちの欲望はと言えば、苦労せずイケ面でお金持ちの彼氏を得ることに他なりません。

この作品の物語の構造は、日本の少女漫画とほぼ同じです。つまり、特に取り柄がなく、特別可愛いわけでもなく、クラスの人気者でもないドジな女の子が、学校中の女の子から憧れられている格好良い男の子から好かれるというパターンです。現実に考えれば、そのような人気者の男の子は、かわいい女の子とつきあう方が自然ですが、それではマジョリティーの共感が得られないので、現実には余り実現しないが、女の子が「こうなれば良いな」と夢見ている願望を、フィクションで見せてあげるわけです。

この作品も、ブリジットの人物造形はリアルですが、それ以外の要素は、およそ現実ではありえないようなものばかりです。ブリジットのような普通の女性が、イケ面で、仕事もできる男性二人に熱烈に愛されるようになる可能性は実際にはほとんどないでしょうし、そもそも彼らが何故ブリジットを好きになったのかも全く不明です。

ブリジットは、全く仕事をやる気がなく、仕事上必要な勉強も全くしないし、酷いミスを色々起こしますが、首にもならず、それが元で周りから疎まれることもありません。また、就職活動を少しするだけで、テレビのレポーターの仕事を手に入れます。また、彼女は、理解ある親友を持ち、辛いときにはいつも慰めてもらえます。こんな恵まれた条件や幸運は、そうそう揃うものではないでしょう。

そのため、この作品は、基本的にはご都合主義的で、現実感のないファンタジーだと言えます。ただ、映画というのは、観客の現実では満たされない欲望を、代替して満たすところに存在意義があるので、この映画は、誠に正しくその役割を果たしていたと言えます。

やはり、映画を観ていると、色々失敗しつつも、なんとかがんばるブリジットを応援したくなります。私も、映画の最後、雪の降る街を走るブリジットを見ながら、「このチャンスを逃すな!走れ!走れ!」と手に汗を握りました。

ブリジット・ジョーンズを演じたレニー・ゼルウィガーは、体重を13キロも増量して、この映画に臨んだそうです。どうやってそれほど体重を増やしたかは知りませんが、これは、むしろ減量よりもキツイのではないかと思います。役者魂ですね。おかげで、ぽっちゃり型の、冴えない体型になっていました。また、彼女はハリウッド女優ですから、当然美人なのですが、映画の中では、常に表情を崩すことで、自分を美人だと感じさせない演技をしていました。

また、彼女は、頻繁におどけた表情をすることで、ブリジットのキャラクターを、ユーモラスで愛すべきものにしていました。この映画では、主人公への共感作用が作品の要になっているので、彼女の演技力がこの映画を支えたと思います。ちなみに、DVDのメイキングで映っていたゼルウィガーはすでにスリムで、この容姿なら、ブリジットと異なり、イケ面の一人や二人はすぐに掴まえられるだろうと思いました。

また、劇中で使われる曲が、70年代や80年代など、30代が若い頃に聴いていたような音楽だったのも上手い思いました。選曲はかなり絶妙で、単なる懐メロというよりも、普通に良い感じだったと思います。

ちなみに、「ブリジット・ジョーンズ」のような女性向けの小説は「チックリット(chick lit)」というのだそうです。(リンク)