村上隆 『芸術起業論』

高名な美術家の村上隆さんの『芸術起業論』という本を読みました。この本は、アート業界で成功するためには何が必要かを説明することを目的とした本です。その意味では表題通り、経済行為としての芸術についての本なのですが、同時に現代美術とは何かについて簡潔に説明した本でもあります。

村上さんは、アートで成功するために必要なのは、マーケティングだと考えます。つまり、美術市場がどのような原理で動いているかを理解し、市場に受け入れられる商品を制作することが必要であると考えています。

村上さんは、美術市場で最も大きいのはアメリカなので、そこでの美術市場の原理を学んだそうです。先ず、美術市場は大金持ちが顧客であるそうです。また、美術市場で認められる価値基準は、新たな価値の創造にあるそうです。この新たな価値とは、既存とは異なるルールで作品を作ることだそうです。

そのためには、既存のルールを知らなければならないということで、村上さんは、歴史を徹底的に学び、自分の作品がどのようなコンテクストの中で、どのように受け止められるのかを自分で理解できるようにならないと勝負にならないと述べています。

このように、美術市場で重要なのは、作品そのものではなく、作品の意味づけなので、作品の意味を分かりやすく説明することが必要なのだそうです。当然、作者は、できるだけ面白いキャラクターで、他人の興味を惹く方が好ましいわけです。

これを読むと、ほとんどの人にとって現代美術の作品が、全く面白くなく、人気も全くないのは当然だということが良く分かります。というのは、現代芸術は、お金持ちが、自分のセンスの良さをひけらかすためのものだからです。センス競争になると、他人よりも優れた審美眼を持っていることを誇示するために、何が優れているかを巡る政治闘争が巻き起こることになります。そこでは、美術史や同時代の美術市場に関する知識が武器になります。

大半の人は、このようなコンテクストを読む知識や教養はないので、作品を見ても全く理解が出来ず、見ても面白くありません。また、一般社会では、美術作品で自己イメージの向上を図ることは不可能なので、そもそも学ぶ必要がないとも言えます。このように、現代美術市場は、最初から一部の人しか相手にしていないので、大半の人に相手にされないのも納得です。

ただ、美術史を良く知っていて、コンテクストも読める人でも、意味づけのような作品に上乗せされた付加価値ではなく、作品そのものにしか関心がない場合には、やはり現代美術の大半は面白くも何ともないということになるでしょう。

しかし、美術の世界、特に欧米の美術の世界がどのような原理で動いているかを学ぶには大変良い本だと思います。このような現実を事前に知っておかなければならない美術家志望の若者は必読の一冊になっていると思います。


芸術起業論

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