円城塔 『Self - Reference ENGINE』 2007年

話題になっていたSFなので読んでみましたが、途方もない作品でした。内容は、時間や因果関係、自然法則を操作することが出来る巨大知性体が存在する世界での、諸々の出来事を描いたものです。

この作品はSelf Reference つまり自己言及を扱った作品だろうと思います。自己言及は無限退行と自己矛盾を生み、必ず論理的な特異点を必要するものだと思います。演繹、あるいはトートロジーの限界と言いましょうか。その意味では、Self - Reference ENGINEとは、まさにそのような論理的な特異点そのものであるとも言えるかもしれません。

この作品は、世界を成り立たせている論理、アルゴリズムを扱った作品だろうと思います。つまり、世界は生き延びるように動機づけられた者が、実際に生き延びたという結果によって成り立っているのですが、そこでは人間も、巨大知性体も、超越知性体も、アルゴリズムの生み出した様相の一つに過ぎません。

何故そのようなアルゴリズムが存在すると言うことは、そのようなアルゴリズムによって成り立っている存在にとっては原理的に不可知のものです。どれほどの超越的知性にも、たどり着ける限界はあり、必ずそれを超えた向こう側が存在することになります。巨大知性体は途方もない演繹マシーンですが、演繹の向こう側に存在する論理上の特異点たるアルゴリズムそのものには決して届くことはないのだろうと思います。

単純なアルゴリズムが、途方もなく複雑に見える様々な様相を無限に生成していく様、この作品が描いていたのは、そのようなものであったように何となく感じました。そして、その渦中にいる者は、いかなる知性と演算力を持ってしても、その生成を予測し、制御することはできず、果てしない様相の変転の波に押し流されるしかないことを描いていたように思います。著者の円城塔さんは、複雑系を研究してらっしゃった方だそうで、このような作品を書くにはこれ以上ない適役だったのだと思います。

正直、読んでいて何のことやら良く分からなかったので適当なことを書きましたが、この作品には途方もない奇想が最初から最後まで詰め込まれているため、私は様々な要素がゆるやかに繋がっている様を眺めながら、その不可解さと気宇壮大さに圧倒されました。この小説の圧倒されるような凄みの前では、分かる分からないと言うのは、取るに足らないほど些細なことだろうと思います。おそらく今後日本SFの金字塔、あるいは特異な怪作として末永く読み継がれて行くであろう作品だと思います。



参考