技術や環境は激変しても、音楽そのものは変わらない。

ユリイカ」増刊号の「総特集初音ミク」の中で面白いと思ったのは、座談会で東浩紀さんが、初音ミク同人音楽が盛り上がったことで、何か新しい表現が出てきたのかを執拗に聞いていたことです。

これに対し、テクノウチさんは、クラブミュージックというポップミュージック全体の中の一ジャンルのさらにニッチのサブジャンルであるJ-CORE という極めて狭いジャンルの話をしていました。

私は同人音楽のことは良く知りませんが、初音ミクVocaloidが、既存のポップミュージックに大きな変化をもたらしたかと言えばほとんどもたらしていないと思いますし、おそらく今後ももたらすことはないだろうと思います。

この10年のポップミュージックの特徴は、ポップミュージックの制作環境や市場、消費環境は激変したが、音楽そのものでは革新はほとんど何も起きていないと言うことです。プロトゥールズなどの音楽ソフトウェアが普及し、個人でもパソコン一台あれば手軽にプロと同クオリティーの楽曲を制作できるようになるなど、音楽制作をめぐる環境はこの10年で激変しましたが、他方00年代には目立った音楽的革新は生じておらず、技術革新が音楽の革新を引き起こす時代は遠い過去になっています。

また、パッケージの売り上げ減少、インディーズ流通の拡大、人々のライヴ志向の強まり、YouTubeファイル交換ソフトの登場、WEBページやMySpaceでのプロモーション、携帯での音楽配信の一般化など、音楽を販売、消費する環境も激変しましたが、これも音楽そのものの革新を引き起こすことはありませんでした。

Vocaloidを使った楽曲は既に無数にありますが、Vocaloidならではの革新的楽曲が生まれているかというと、生まれていないだろうと思います。個人的には、超高速BPMに人間では歌唱不可能な超高速の歌をのせるcosMoさんの楽曲などは、これまで余り聴いたことがない新しい音楽だと感じますが、その新しさの度合いや今後の発展可能性を考えると、ハードコアのサブジャンルを作れれば良い方だろうとも思います。他の有名プロデューサーの方々の楽曲は、Vocaloidを使った点が新しいだけで、音楽性そのものは新しくありません。

現在のポップミュージックは、ほぼあらゆる試みがやり尽くされて久しいという状況で、技術的な進歩や音楽を取り巻く環境の激変は、音楽そのものにほとんど影響を及ぼしていません。Vocaloidもそのような技術的革新の一つとして、音楽の制作環境や市場、消費環境を大きく変えることはあっても、音楽そのものの革新を引き起こすことは、余り望めないのではないかと思います。