デュッセルドルフの日本デー

昨日(土曜日)にデュッセルドルフで日本デーという催しがやっていました。デュッセルドルフには、日本企業の支社が集まっており、Immermannstraße という通りが日本のデパートや本屋、日本食レストラン、食料品店などが立ち並ぶ日本人街になっており、日本の総領事館があるなど、ドイツにおける日本人コミュニティーの拠点になっている街です。そのせいもあってか、ライン川の沿岸を中心として、ドイツの人々に日本を紹介するというお祭りが開催されることになったようです。


ライン川の畔には、生け花、折り紙や愛知万博、漫画などを紹介したり、観光に関するアンケートをしたりするテントが立ち並び、日本食やお酒を売っている売店が沢山出ていました。


個人的に印象に残ったのは、日本のビジュアル系の女の子がするような、コスプレっぽい衣装をしたドイツ人の女の子が川沿いにある大きな階段の付近に集まっていたことです。彼女達はゴテゴテとした装飾の付いた黒い上着やスカートに白いシャツを来て、髪を黒く染めたり、またはピンクに染めたりしていました。また、奇抜なメイクをしたり、ペイントをしている女の子も多かったです。

このような恰好は、ドイツでも非常に人気のあるゴシックのファッションと似ているのですが、彼女達はゴシックの文脈でこのような衣装をしているのではないような印象を受けました。私はこの分野に疎いので、実際のところは良く分からないのですが、彼女達の恰好は、あの禍々しいゴシックではなく、ゴシックの流れを受け継ぎながら、禍々しさを取り除き、かわいらしく、ポップに換骨奪胎した(であろう)日本のビジュアル系のファンの恰好を模したものに見えました。

まあ、ミュンスターでもX の写真をプリントしたバッグを持っていたドイツ人の女の子を見たことがありますし、ドイツにも少しは日本のビジュアル系文化が入っているのかもしれませんが、日本人みたいな恰好をしたドイツ人の女の子がたくさん集まっているのは、なんとも不思議な光景でした。


私にとってはやはり、日本の料理が一番気になったのですが、売店を見ると、余りにも値段が高いので、ほとんど手が出ませんでした。寿司がある程度高いのは分かるとして、焼きそばや牛丼、焼き鳥、たこ焼きといった庶民の味も、かなり高かったのは残念でした。たとえば、焼きそばは、10ユーロと、ほとんど高級料理並みの値段になっていたので、かなり唖然としました。焼き鳥も一串が1・5ユーロです。私は牛丼だけ食べたのですが、3ユーロでごはんが茶碗半分ぐらいの量という少なさでした。

まあ、材料がドイツでは手に入りにくいので、高くなるのは仕方ないと思いつつ、それにしてもなあ・・・・と思ったというのが正直なところです。

でも、4ユーロで5個ぐらいだったたこ焼きは、外がカリカリ、中はとろっとしている本格的なもので、日本の縁日のたこ焼きよりも遙かにおいしかったです。それにしても、久しぶりに食べましたが、あのソースの味はたまらないです。

あとは、チョーヤの梅酒の売店も出ていました。友人のドイツ人が買って飲んでいたのですが、日本の梅酒は彼らの口には合わなかったようです。


余りに食べ物が高いので、結局晩ご飯は、街中のケバブ屋で食べることにしました。やはり、ケバブは安くてうまい!この店のおっちゃんは、向かいが日本食レストランだからか、日本人慣れしており、日本語のあいさつなどをしていました。日本にはトルコ人のやってるケバブの店はあるかとか世間話をしつつ、トルコの紅茶をおごってもらってしまいました。トルコのお茶は、味自体は普通の紅茶なのですが、かなり渋みの強いもので、砂糖を多めに入れて飲むと、良い感じでした。


川沿いの広場には、小さなステージが作られ、そこで色々な催しがやっていました。日本人のオペラ歌手が、「ふるさと」などの日本の歌を歌ったり、ドイツ人からなる太鼓のグループが演奏をしたり、三味線のコンサートが行われたりしていました。それにしても、日本音楽の紹介の仕方は、見事にステレオタイプの反復であり、予定調和だなあと見ていて思いました。これは、この日本デーそのものに言えることですが。できるだけ、ドイツ人の興味や誤解に沿ったかたちで、日本を紹介しようという態度です。このやり方では、日本の現在の特徴や文化は、全然伝わらないと思うのですが、まあそれでも別に良いのでしょう。


この広場では、暗くなりかけた頃から盆踊りが行われました。きちんと櫓が組まれ、太鼓が置かれ、その周りを回るという日本の盆踊りと同じでした。それにしても、まさか遠い異郷で、ドイツ人といっしょに盆踊りを踊ることになろうとは、人生分からないものです。まだ、盆踊りには時期が早すぎましたが、みんなで輪になり、太鼓の音に合わせ、踊るというのは、楽しいものでした。


この祭の締めは、定番の花火です。この時期のドイツは、日が暮れるのが遅いので、10時45分からようやく花火が始まりました。川沿いは凄まじい人であふれかえり、凄いことになっていました。おかげで、背の高いドイツ人の頭の隙間から、なんとか花火を見るという感じになってしまいました。

花火は、最初は単発で上がっていたものの、後半花火が連発されるようになると、あちこちから歓声や拍手が上がっていました。特に最後の大玉連発は、数十発の花火が一つの超巨大な花火に見えるという凄いもので、感嘆の叫びが上がりまくり、終わった後盛大な拍手が起こるという盛り上がりでした。


意義は良く分かりませんが、沢山の人が集まり、大いに盛り上がったこのお祭りは、イベントとしては、大成功だったのではないでしょうか。