飛浩隆『グラン・ヴァカンス 廃園の天使I』

飛浩隆さんのSF長編小説『グラン・ヴァカンス』(ハヤカワSF シリーズ J コレクション、2002年)を読みました。この作品は、次巻の『ラギッド・ガール』と共に「廃園の天使」シリーズを構成しています。

この作品の舞台は、「夏の区界」というコンピューターの演算によって作られた仮想空間です。そこでは、多数のAI があたかも人間のように生きています。この区界には、以前は区界で遊ぶために、現実世界から「ゲスト」が来ていたのですが、1000年前の「大途絶」から誰も来なくなりました。しかし、何故か区界はそのままに保たれ、長い夏休みが続いていたのでした。

しかし、突然「蜘蛛」が区界を襲い、区界を片っ端から食い荒らし、無に帰していきます。夏の区界のAI たちは、何とか生き延びようと、「鉱泉ホテル」に立て籠もります。そして、区界に直接働きかけ、変化を引き起こすことができる「硝視体 (グラス・アイ)」を使って、ホテル全体を「罠のネット」で覆います。最初は、この罠のネットが、敵の探索、攻撃に効果を上げていましたが、ランゴーニと名乗る男が現れたことで、彼らの戦いは絶望的な様相を帯びていきます。

このように、この小説は、ヴァーチャル・リアリティーものなのですが、面白いのは、登場人物が全員人間ではなく、AI であることです。この小説では、AI は自分がAI だということも自覚しているし、自分たちが住む世界がコンピューターで作られた仮想の世界だということも知っています。当然、自分たちが本物の人間ではないことに、悩むこともありません。要するに、AI が自意識を持っているのです。

彼らは、世界の構造を良く知っており、その仕組みをできうる限り利用して、敵に立ち向かうのです。これは人間が物理的限界を認めつつ、科学によって世界を理解し、操作することと相似しています。普通に考えれば、プログラムであるAI に自意識はないように思えますが、にもかかわらずまるで人間のように描くことで、この架空世界を現実世界の相似形としてメタフィクション的に受け取ることが可能になっています。しかし、現実世界の人間と仮想世界のAI との関係は、次の巻で扱われることになります。

この小説は、世界観そのものも面白いのですが、面白さの理由は、それより何より、豊富なキャラクターたちと、数多くの謎を散りばめ、読み手を引きつける手腕でしょう。誰とでも寝る女の子のジュリー、天才少年ジュール、目の見えない硝視体の使い手イヴ、誰が誰だか見分けがつかないアナ、ドナ、ルナの三姉妹、女傑のアンナ、誰よりも深い洞察力を持つジョゼ、そして蜘蛛の王ランゴーニなど、キャラクターは多彩で個性的です。

夏の区界のAI たちは、それぞれ架空の過去を持ち、その過去によって行動を支配されています。AI であるにもかかわらず、擬人的に統制されねばならない理由はまだ良く分かりませんが、AI たちの過去と秘密、そして区界自体に秘められた記憶が次第に明らかになっていく過程には、かなりドキドキさせられます。

そして、蜘蛛とランゴーニが夏の区界を襲った理由、「天使」と呼ばれる存在の正体、「大途絶」の謎、そしてジュールのその後、三姉妹の行方など、まだ明かされていない謎が山のようにあり、早く先を読みたくさせられます。

また、この作品の特徴として、やたらとエロく、やたらとグロいことが挙げられます。これは、AI という仮想の存在をより生々しく感じさせ、物語により深く感情移入させるための装置なのかも知れませんが、個人的にはむしろ、作品の世界設定とは関係なく、作者の方の趣味なのだろうと思いました。正直、本筋とは余り関係がないと思われるエログロ描写も多かったので、特に理由はなかったようにも思いました。

とにかく、無茶苦茶面白い小説で、読み始めたら止まらないという感じです。

作者の飛浩隆さんは、ブログを持っているので、そこで裏話を読むこともできます。

Laterna Magika SF作家 飛浩隆のweb録

また、「海難記」さんで、この作品のメタフィクション的側面に重点を当てた書評が掲載されています。(リンク

グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)