飛浩隆『ラギッド・ガール 廃園の天使II』

『グラン・ヴァカンス』の続編である中編集『ラギッド・ガール』(2006年)を読みました。収録されているのは全5編で、『グラン・ヴァカンス』では明らかになっていなかった様々な事実が明らかになっていきます。

最初の短編『夏の硝子体』は、『グラン・ヴァカンス』の舞台となった「夏の区界」で最も重要な役割を果たしていたAIであるジュリーとジョゼの話です。ジュリーとジョゼは特別な役割を持つ者同士引かれ合い、ジュリーはジョゼの中に埋め込まれた記憶に触れることになります。

次の表題作「ラギッド・ガール」は、区界ではなく、現実世界で「数値海岸」開発の基礎となる技術である認知的総体(コグニトーム)から作られる情報的似姿と官能素空間が開発される話です。この時代では、すでに視床カードを埋め込むことで、現実世界に多重現実というバーチャルな情報を重ね合わせることが可能になっています。

ラギッド・ガールとは、全ての記憶をその身に留めている阿形渓が作ったプログラムのことです。彼女の作ったプログラム「ラギッド・ガール」亜雅砂は、ネットから様々な要素を集めプレイヤーのコンピューター上に現れ、プレイヤーとは彼女と話すことができます。しかし、亜雅砂は、このようなおしゃべりによって傷つき、プレイヤーは彼女とコミュニケーションを取れば取るほど相手を傷つけることになります。このように、亜雅砂は、痛みを記憶にして、次第に傷ついていきます。中には、亜雅砂をわざと傷つけて楽しむ、嗜虐的なプレイヤーもいます。

この中編では、「数値海岸」が作られるまでの話ですが、同時に阿形渓と安奈カスキが、その個性によって、恐ろしい化け物を作り上げる話でもあります。

次の中編「クローゼット」も、現実世界の話です。この時点では、すでに「数値海岸」は商業サービスを開始しています。主人公のガウリは、「数値海岸」開発メンバーの一人カイルの恋人でした。しかし、カイルは、自らの上に500回の死を上書きして謎の死を遂げていました。そのため、ガウリは、残されたカイルの情報的似姿と会い、真相を探っていました。しかし、その結果、ガウリは、恐ろしい危険に巻き込まれることになります。そしてその結果、『グラン・ヴァカンス』や「夏の硝子体」で描かれた「夏の区界」に埋め込まれた恐怖の根元が明らかになります。

次の中編「魔述師」では、「大途絶」の真相が、明らかになります。話は、反数値海岸の活動家ジュヴァンナ・ダークへのインタビューと区界の間を移動できる唯一の乗り物である「鯨」制作する区界「ズナームカ」での出来事が平行して語られます。ダークは、「認知的総体」を持つAIと人間に根本的な違いはないので、AIに対する虐待を禁止せよと主張しています。そして、インタビューが進むうちに、何故彼女がそう考えるのかが明らかになっていきます。他方、「ズナームカ」では、官能素空間の原理や、硝子体の正体、そしてその能力が予め組み込まれていたものだったことが語られます。そして最後に、『グラン・ヴァカンス』最大の謎であった「大途絶」の真相が明らかになります。

最後の中編「蜘蛛の王」では、『グラン・ヴァカンス』で圧倒的な力を振るったAIランゴーニの過去が明かされます。ランゴーニは、区界「汎用樹」の王になるべく生み出されました。ランゴーニは、大途絶の前に、現実世界からやって来た「父」によって区界管理を行うことができる特殊な能力を持つAI が与えらていました。しかし、大途絶後、ランゴーニが作った「父」の姿を持つAIダキラが暴走し、同時に「汎用樹」は「非の鳥」と呼ばれる謎の存在によって、浸食されました。そして、ダキラは、非の鳥によって浸食された区域で、他のAIを配下に従え、活動するようになりました。そのため、ランゴーニの命を受けた戦士たちが、彼らを討伐するために汎用樹の底へと向かうのでした。


この中編集では、『グラン・ヴァカンス』では不明だった数多くの謎や世界の成り立ちが、次々と明らかになるということで、息もつかせぬ面白さで最後まで読み通しました。SF的な設定はかなり複雑ですが、様々な謎を提示し、読者の興味を引き付け、世界設定を理解したいという動機を引き付けているので、面白く読めます。

この作品集を読んで思ったのは、このシリーズは、膨大なSF設定によってかなり緻密に世界観が作られているにもかかわらず、世界そのものを描くというよりも、キャラクターの個性を際だたせることを主眼にして書かれていることです。この小説に出てくる人々は、かなり異常な人が多く、世界設定は彼らの異常な個性によって決定的に規定されています。もしSF設定を、我々が生きている現実世界のある特徴を明示するために用いるとしたら、個人の性格という偶発的な要素に、これほど大きな役割を割り当てないでしょう。そのため、この小説は、ハードSFというよりは、SF設定を使ったキャラクター小説であると感じました。

しかし、このキャラ立ちのおかげで、小説の展開が派手になり、エンターテイメント要素が上がっているので、読者としては非常にありがたいと思いました。