日本美術市場の規模と特質

日本の美術市場について軽くググって見ました。

公式な統計などないのですが、1987年以前の日本の美術市場(1年間の売買額)はおよそ2千億円程度と想像されています。それが1987年から突然毎年倍増の勢いで増え、1990年のピーク時には、1兆5千億円にまで達しました。そのうちの8割ほどが、ヨーロッパからなだれを打ったように入ってきた美術品でした。

時は流れて2001年、つまり昨年の日本の美術マーケットの規模は1千億円〜1千5百億円程度と想像されますから、90年の十分の一かそれ以下であり、まあ1970年代はじめの規模に戻ったと言えそうですね。つまり市場規模だけから見たら、およそ30年ほど前に逆戻りしたというわけです。

カフェ・ド・エルサイトウ

美術市場は、画商や美術商が作家から買い取り、顧客に販売する1次市場と、オークションなど顧客と顧客を結びつける2次(再販)市場に分けられます。その市場規模は、1200億円から1300億円(2004年)とも言われています。

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日本における美術市場の規模を調査しますと、2005年度の国内の主要オークション8社の業績取扱高は合計で約170億円となっています。その他に交換会や百貨店美術部、画廊など美術商の取引が加わりおよそ1000億円前後と推定されています。

モーニングスター


日本の美術市場の規模は、はっきりとは分からないようで、ずいぶん数字がばらけていますが、だいたい1000〜1500億円程度のようです。ここで挙げられている数字は2001年から2005年のものですので、現在はもっと市場規模は膨らんでいるのではないかと思います。

なお、そのうちオークション市場は、2005年度で169億円だそうです。2000年には79億円だったので、5年で倍になったことになります。(「第一生命経済研究所」)

また、美術品の輸入金額は2005年度で約340億円だそうです。ちなみに、ピーク時の1990年には約6140億円だったそうなので、だいたい輸入額は18分の1に減ったことになります。また、1999年の美術市場の約40%が、輸入された美術品によって占められていた計算になります。(「総合美術研究所」)


注目すべき事は、美術市場の規模は、景気の変動と連動し、極めて激しく変動すると言うことです。バブル全盛期と不況の2000年代では、市場規模が10倍以上違うということなので、とんでもない大変動です。

何故、美術市場が、これほど大きく景気に左右されるかというと、美術品は、基本的に株や土地などと同様の投機的な資産だからのようです。

 さて欧米では美術品は芸術作品であると共に、資産を形成する上での大きな要素の1つとしてポートフォリオに組み込まれています。多くの資産家は絵画を次のように捉えているようです。

  • 「インフレとデフレに強い資産」
  • 「時と共に確実に価値が上がる資産」
  • 「換金性が高い資産」

 それでは何故 "絵画の資産性と安全性" が強調注視されているのでしょうか。
 その答えは以外と明快なものです。何故なら、価値が定まっている絵画は毎年コレクターや美術館によって購入され、市場における絶対数が年々減少していくからです。つまり時の経過とともに需給バランスが逼迫することが避けられないのです。
 クラシックカーや高級ワインでも、毎年毎年たくさんの人々に愛用され、飲まれるに従い在庫や流通量が減少し、遂には年代物となり値段が高騰していきます。それと同様のセオリーで美術品としての絵画は年を追うごとに価値が高まり、資産として益々評価されていくことになるのです。

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ここでは着実に上がる的なことが書いてありますが、実際には「近代美術オークション」の落札された美術品の平均単価がピークの1990年には7000万円近くだったにもかかわらず、バブル崩壊によって1992年には500万円程度と10分の1以下に急激に下がったことを考えると、株よりも遙かに資産価値の変動が大きい、極めて投機的な色合いの強い商品だなと思います。素人が手を出すには怖すぎる投機対象ですね。(「第一生命経済研究所」)


このように、美術品は基本的に資産であり、投資目的で買うものであることが分かります。趣味で好きだから美術作品を買うという人ももちろん沢山いると思いますが、景気変動で市場規模が10倍変動することを考えると、美術市場で動くお金の大部分は美術愛好家の趣味的な作品購入によるものではなく、大金持ちの資産家が自分を資産を増やすことを目的とした投資であることが伺えます。

つまり、美術市場を動かし、美術品を買うのは、基本的には十分な資産を持っている富裕層だということになります。このことをふまえると、村上隆の『芸術起業論』がより良く理解できるのではないかと思います。


おそらく、主に投資の対象になるのは、基本的には既に評価の定まった過去の有名作家の作品であり、美術市場の大部分は限られた一部の作品によって占められているのだろうと思います。特に、投資が活溌になり、美術作品の価格が高額化している時期は、なおさらその傾向が強めるのでしょう。おそらく、美術作品の価格分布は、非常にきついカーブのべき乗則になっているのではないでしょうか。

これは同時に、美術家の商業的価値も、べき乗則に従うことを意味しています。

美術評論家瀬木慎一氏によると「現在、日本では3万人の画家が活動をしている中で、実際に流通し相場の付く作家は300人程度」との分析をしています。また明治以降の物故作家では評価の定まった300名余りですので、現存・物故作家を合わせて"値のつく作家"は多くても600名前後と思われます。

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この「実際に流通し相場の付く」というのが何を意味しているのか不明なので、何とも言えないところはありますが、これを鵜呑みにするとすれば、作品に値が付く画家は、全ての画家の1%程度だということになります。つまり、現在活動している画家の99%の作品には値がつかないということです。これは、画家になろうということは、経済的自殺行為だと言えるほど、画家として成功する確率は低いということを如実に示しているかと思います。


では、画家ではなく、法人はどうかと言うと、総合美術研究所による2002年度の美術商の申告所得ランキングを見ると、何となくイメージがつかめてきます。

上位4社アートコム、アールビバン、アート・ビジネス・グローバル(現アール・ブリアン)、グランプリアートは、ググって頂ければすぐに分かるように、色々と消費者センターと縁が深い企業であるようです。

17社のなかで、通例における美術商と言えるのが幾つあるだろうか。ヨーロッパ絵画を主として扱う「ギャラリーぬかが」、そして古美術の老舗の「古美術下條」、「ロンドンギャラリー」、「繭山龍泉堂」のほかは、ほとんどすべてが大衆向けの量販店と通販店である。

総合美術研究所


美術商最大手の「ギャラリーぬかが」は売り上げ25億円、申告所得約2億円、17位の「繭山龍泉堂」は売り上げ9億2000万円、申告所得4200万円です。いわゆる画廊では、それほど高額な作品は扱っておらず、売り上げも多くないのでしょう。


以上のように美術市場を概観すると、やはり基本的に美術市場は投機目的のお金で動くものであり、美術品は極一部のお金持ち向けの商品であることが分かりました。つまり、基本的に庶民は最初から客だと思われていない、あるいは庶民向けの美術市場は市場全体の中では動く金額の小さなニッチ的な市場であることが伺えました。

そして、美術作品でも美術家でも、パレートの法則が成り立ち、極一部の作品や作家に極端に需要が集中するという傾向が見られるらしいことも伺えました。そして、日本において大規模な美術商を営みたいと思ったら、画廊ではなく、アートポスターを全国の津々浦々のイベント会場でお客様にご購入いただく会社を経営するのが一番であることも分かりました。日本のアートシーンを考える際には、このような美術市場の特質を考慮に入れる必要があるのだろうと思います。