グレッグ・イーガン『万物理論』

グレッグ・イーガンの『万物理論』(創元SF文庫、2004年)を読みました。イーガンを読むのはこれが初めてです。

600頁ほどの長い小説なのですが、膨大なSFアイデアがこれでもかと投入されており、密度は非常に濃いです。話は、サイエンスジャーナリストの主人公が、南の海に浮かぶ人工島ステートレスで行われる万物理論をめぐる会議の取材に行って、宇宙の起源をめぐる争いに巻き込まれると言う話です。こう書くと壮大そうな話ですが、基本的には、小さな人工島で、色々な人の思惑が入り乱れる様を描いた小説なので、展開自体は地味で、全然壮大ではありません。また、色々な謎が仄めかされたサスペンス的な要素も、それほど上手く機能しておらず、それほど先が気になって夢中になって読むという類の小説でもありません。また、本筋の万物理論以外にも、ジャンダー問題やアナーキズムなどの統治体制の問題、人口環境での生活など、色々なテーマを無理矢理押し込んでいるので、話が散漫になっています。

しかし、そういったマイナス点を全て帳消しにするほど、次から次へと投入されるアイデアの質と量は圧倒的です。冒頭から、死者蘇生、共生生物によるDNA改変と人間からの生物学的離脱、自閉症者のラマント野切除による愛情の希求の放棄、原題にもなっている急性臨床不安症候群「ディストレス」などの大ネタが惜しみなくつぎ込まれます。さらに、強化男女、微化男女、転男女、汎性という7つのジェンダー、バイオ技術によって作られた人工島であるステートレス、そしてアナーキズムによる秩序が貫徹されているステートレスの社会、文化第一主義や神秘主義復興運動、わきまえろ科学!という3大無知カルト、テクノ解放主義などのSF的アイデアあるい社会的アイデアも盛りだくさんになっています。そして本筋の万物理論には、さらに惜しみないアイディアが投入されています。

このアイデア投入の惜しみなさは大変なもので、さすが現代最高のSF作家と讃えられるだけのことはあると思いました。


万物理論 (創元SF文庫)

万物理論 (創元SF文庫)